☆月間LIVE予定は
CATEGORIES欄のスケジュールからも!! 
        
        
■古澤良治郎(ds)追悼音楽会@ピットイン
 ■6/18に故・古澤良治郎さんの追悼音楽会が開催された。
とにかく大盛況だった。
川村さんと廣木たちは本当にお疲れでした。
とっても良い会でした。 
 とにかく華やかなミュージシャンたちばかりで
「あのさあ。おれさあ、こんなことよりさあ」とか
古澤さんが嬉しそうな顔でいってそうだった。
 ここに書かれた以外にも多くのミュージシャンが来ていた。
 超満員のピットイン。おれは当然、カウンター前でずっと立ち見。
でも、関根おゆきさんの店内暗転、と明るく見やすいステージ照明の
おかげで、半見え状態でもまったくストレス無く楽しめた。
 三上寛 。 MIKAMI Kan。
話しにも、歌にも泣かされたぞ・・・。
 古澤さんの名曲ばかりの音楽会。
懐かしい顔や意外な顔が一同に揃った。
 ほんとうに楽しい曲が多い。しかも、僕には懐かしい曲がほとんどだ。
エアジンでの演奏がオーバーラップする。向井や俊之や大口、峰さん、
そして、洋輔さんらに蜂谷さんと美潮さんが歌ってる。石や廣木、飯田、
藤井、うれしくなるよね。
 この後のステージでは、坂田さん、渋谷さん、洋輔さんたちの暖かい
演奏が続いた・・・。


何枚かのシャッターを切ったあと、休憩でロビーにでたら、
「写真撮影、録音録画は禁止です」とか書いてあったので、
これ以上の写真は残念だがない。ま、いずれ実行委員会からの
写真や録画が送られて来ると思う、その時はまた紹介します。

文はまた補筆しておきます。とりいそぎ・・・。   うめもと。


<おまけ>

新宿は雨。そんな末広亭の風情がいい。

 ありがとう、そして さよなら・・・

             う。

00:13 古澤良治郎。 comments(0) trackbacks(0)
■古澤良治郎「エミ(あなたへ)」 廣木光一×佐藤えりか
   ■古澤良治郎「エミ(あなたへ)」 

   廣木光一×佐藤えりか  の DUO LIVE  ,, 
   廣木は古澤良治郎さんとは
   すでに1970年代から共に演奏をしてきた 。
 30年以上も古澤さんの曲のアレンジや演奏をしてきたワケだ。
その古澤さんが今年の一月に逝去した。 。。突然の知らせだった 。
 佐藤えりかも ほら 唖然としていた 。。
  あ、あれ  、、
  およよ  、 寝   た  。  ?
 あのさあ、 この曲ってさあ 寝ること じゃ ないんだよな 。

   あ、 いえ、 寝てなんか いません  。
ほら この通り 目も パッチリと 潤んでます  、 。。 ねっ!

 あ、そう 。  じゃ、 続ける よ  。
 ほら、 Emi(for you) だよ。 え? キーが違う? なんで?
あ、そのフメンじゃないんだ 。 はは、 ははは 。 ごめん 。
   はい、 こっち だ 。 は、 はは  。          (hiroki)



                  じゃ、また 。 うめ。



12:11 古澤良治郎。 comments(0) trackbacks(0)
■廣木光一(ac-g)×田中信正(pf)Cool Glade Duo。

   廣木光一と古澤良治郎さんの縁は深い。
今夜のライブは廣木がライフワークにしようとしている
クール派のジャズを演奏する日だ 。   。。
 信正とのDUOは絶妙な響きがする 。  。。
  そして、
      このライブでは特別な曲が演奏された  。


<おまけphoto>



                                 う。

01:11 古澤良治郎。 comments(0) trackbacks(0)
★弔辞・古澤良治郎さん。川村年勝 。 。。
    =古澤良治郎さんの事=
                   川村年勝

 良治郎さんが不思議な散歩に出かけて
   一日一日と過ぎて行きます。 
くそ真面目なドラマーは負けず嫌いで意地っ張り!。      
融通の利かない努力家は人一倍一生懸命に音楽人生を
謳歌して貧乏の無い天界へと旅立ってしまいました。 

不器用で正直者はこの世には珍しいぐらいに純粋で
真っ直ぐな性格でした。 
嘘のつけないドラミングから多くの感動をもらいました。  
誰もがくちずさめるほのぼのメロデイーは
一体何処から生まれたのだろう。

毎日疲れてしまうほどに真剣に生きて、
休みの嫌いな人でした。
 
 コンビを組んで34年、
文字通りとことんの付き合いだったですね。 
意固地で意地っ張りで大概めんどくさい人だったのに
逝く時はあっけなかった。

「オレ!帰る」と酒場で宣言する 
「ほんとにかえるヨ」 
このやりとりを毎回下手な芝居の様に繰り返し、
やっと帰る変な叔父さんでした。

故川端民生と熱い音楽論争から喧嘩のようになって、
古澤は破れた。 
その日の朝方5;00ごろ泣きながら電話があって、 
「オレもうバタとは一緒にやれないかもしれない!」
なんて落胆してた。

ボブ・マーレーの東京公演を観た翌日に事務所に来て 
「オレ、ドラム辞めてもいいから
     ボブ・マーレーのぼうやになりたい!」 
 顔を見たら本気だった。

朝出勤したら事務所のドア前に正座して 
「昨日はスミマセンでした」としきりに謝っている。 
どうも酒を飲み交わしている内に 
「いつでも古澤良治郎のマネージメントから手を引く」
と云った事を間に受けてしまったようだ。

キジムナツアー中、
 毎日リー・オスカーのアルバムをヘッドホーンで聴きながら 
「オレ、こいつに会いたい。一緒にやれたら死んでもいい!」 
初渡米の時、機内で「サイトシング」(*1)を覚えられなくて、
当時コロンビアのデレクターだったサイトウさんがスイングするから
「サイトシングだ」と覚えた。

ベオ・カリーニヨ(良治郎さんの不思議な散歩にに入っている)は
愛娘祥子ちゃんと世界中の人へ愛を送った作品です。

豚汁定食に納豆を付けるのが大好物でした。 
高速道路のサービスエリアレストランに豚汁定食がないと
不機嫌でした。

毎日パチンコに凝っていた時期があります。 
通帳とハンコを持って二千円下ろして西荻駅前で勝負!
10分で負けて又銀行に行って二千円下ろして打つ、
残高が無くなると事務所の阿部さんに頼んで一万円補充してもらう。
勝った時はいい曲が出来た時と同じ様に無邪気に喜んで饒舌となります。

ラッコ、キョン、ビーバー等動物をテーマにした曲がありますが、
自分以外に不思議な動きをする挙動に興味を覚えるのです。
これは人間にも同じですから不思議な民族に出会う度に新曲が生まれます。

人類のルーツに関しての知識は大学教授以上で、研究熱心でした。

女性の付けるブラジャーと云う存在を知らずに、
音大時代に女生徒の背中を叩いたらゴツゴツしてる? 
女子はみんな何処か骨折しているのかと思ったそうだ。

音大を受けるため仙台からレッスンを受けに上京する、
その度に上野駅付近にて補導されたり、
知らない人にご飯を食べさしてもらったり、
一度誘拐されそうになったと話していた。
お風呂に入れと自宅に連れていかれて、ネ。

音大の先輩本田竹広とあのころ事務所の社長だった
私、川村年勝に対しては異常なほど敵意を持って居り 
 「オレ、何時だって勝負してやる!絶対負けない」
なんて意味の無い意地をみせた。

代表作となった「エミ」(キジムナに入っている)は
文枝さんを想って書いた作品です。
ふみと書くと照れくさいから「エミ」にしたのです。 
一番不遇な時期で
西荻の喫茶店「オーク」でバイトしながら
メロデイーが浮かんで来たんだよね!

そっちに行っても又バンドを組むだろうから
本田さん(p)とバタ(bass)とすぐトリオが組めるね?
大出も(g)いるし。 
卓も阿部ちゃんもいるからマネージャーも全然心配ないよ!

ミュージシャンである前に日本男子としての                                                    プライドが有る人でした。 

65歳と短い生涯でしたが 
文字通り音楽一途の素晴らしい生き方でした。

     「古澤良治郎!ばんざ〜い」






     2011年1月16日告別式(*2)にて                     
            川村年勝氏(*3)よりいただいた弔辞より
          




<うめ注釈>
  ☆これはうめもとが川村さんの弔辞を抜粋した文章です。
   下記の注はボク(ume)がしました。

*1)観光ビザでアメリカへ入国するとき、アメリカの税関で
 「目的は観光です」と英語で「Sightseeing」(サイトシーング)とか
  口答しなくちゃいけない。
  英語の「Sightseeing」を「齋藤SWING」「サイトシング」と
  覚えたのだな。ひゃひゃひゃ、

*2)告別式は南青山の「梅窓院」で行われた。記載された時間に行った。
  が、大きな斎場であったのに、当日は予想以上の多い参列者のため、
  ボク(ume)は式場に入れず
  残念ながらこの川村弔辞はライブでは聞いていない。無念。

*3)川村さんは'70〜'80年代に日本のジャズ界に大きな石を投じた
  音楽事務所「アクト」(今は無い)の代表であった。
  伝説のジャズ祭「サマーフォーカス」や「ミラノ座」のライブなど
  その功績は計り知れない。
      そのアクトやジャムライスには、マネージャーに川村さんの他、
  六平さん、中原さん、三田さんが居り、そして徹さん、パクさん、
  また、現ジャムライス代表にはその後に登場した村松がシッカリと
  引き継いで現在に至っている。
  所属ミュージシャンたちには古澤さん、渋谷毅、山下洋輔、坂田明、
  小山彰太、向井滋春、大野えり、など今の日本のジャズ界をリードする
  多士済々な人材が所属していて大盛り上がりの時代だった。
   (ああ・・、いつか、その時代のことをエアジンの側からも
     書き留めておきたいな。いま、エアジンが存在するのも、
    もしも、あの80年代に川村アクトがなければ!!だったからね…)

古澤
        在りし日の 古澤良治郎さん@エアジン 。


                              う。

<おまけアド>
      古澤さんのドキュメントTV. フジテレビ。





19:10 古澤良治郎。 comments(1) trackbacks(0)
★葬儀・梅窓院。
 その日は 古澤さんの大好きな"ト長調のような"
                         明るく元気な朝だった。
 
 1月16日。葬儀は南青山にある"梅窓院"で11時からだ。
ピンとまぶしい光の中を
   思った通り、とにかく 多くの人がお別れに来ていた。
 知人に混じって、見知らぬ方々も多く参列していた。
これは、もちろん古澤さんの幅広い交遊を示すものだ。
 
 明るい日の光の中で、
   アケタの島田や俊さんが泣き崩れていた。
ほとんどの人は唖然とした顔つきだ。
  言葉もない。
ただ、顔を見合わせ小さくうなずく、
   そんな 光景がつづく・・・。

が、そこは古澤さんの葬儀 。  。。

「やっぱり、妖怪の葬式にゃ、妖怪たちが来るんだなあ!」と、
    後輩のNAHが言っている。

  ははは、そうかもなあ。若い連中にとっては
古澤さんって”妖怪”みたいな人だったかもな。
 なんだか心が少し溶けた 。 

 ぼくが知っている古澤さんは
  エアジンを引き受けてからの1980年以降だ。
 権七がボーヤのころだ 。  。。
それでも、いろいろとエアジンでも楽しいことが多かった。
「Hot Session」「パパラッコ ばんど」「武田和命カルテット」
「渋谷毅オケ」そして「ね」など、楽しいライブばかりだった。

今、思えば、
よく、話しもした。よく一緒に遊んだ。よく飲んだし。

 それらのコトは、きっとたくさん思い出すとおもう。
そのときまた 書き残しておくつもりです 。   うめもと。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

葬儀のあった日のエアジンライブは
 国立音大の後輩になるモヒカーノ関BANDだった。  

国立(くにたち)音大の出身者は
ジャズ界にも多くいる。
山下洋輔、市川秀男、本田竹広、
中村誠一、松風鉱一、原田依幸、
小宅珠実、板橋文夫、梅津和時、
五十嵐一生、池田篤、椎名豊など
多彩と言っていい人材を世に送り
出している。

 関さんもそのひとりだ。
この日、

「ありがとう
    ございました、 」

      SEKI .














10:43 古澤良治郎。 comments(0) trackbacks(0)
★古澤良治郎さんの葬儀が・・・。
  本日、1月16日(日)午前11時より
 東京・青山にて古澤さんの葬儀が行われた。 

古澤

 ほんとうに多く友人、知人、関係者が参列していた。
みんなが、それぞれの思いをblogなどに書くと思う。

  ボクも後ほどゆっくりと書こうと思っている。

 古澤さんは大きな声で見送られていった。 

  「古澤さ〜ん、おつかれさま〜っ!!」
   「古澤さ〜ん、ありがとうございました〜っ!!」

                       合掌  。 。。 








15:41 古澤良治郎。 comments(1) trackbacks(0)
★献杯・古澤良治郎さん。蜂谷真紀。
「蜂谷真紀Yokohama Deep」この夜は 
 1/12(水)の昼頃、永眠した
        古澤良治郎さんに追悼の歌を・・・。
  この日は、古澤さんとの楽しく懐かしい思いで話しを・・・。
   ライブは体中で思いをぶつけた ・・・  。  。。




■古澤家 葬儀日程
       ふるさわ りょうじろう 故 古澤 良治郎 殿 行年 65才
御通夜:平成23年1月15日 午後6時~7時
告別式:平成23年1月16日 午前11時~12時
葬儀式場:梅窓院
住所:東京都港区南青山2-26-38
電話番号:03-3404-8447
喪主:佐生 健 殿
火葬場:代々幡斎場
住所:東京都渋谷区西原2-42-1
電話番号:03-3466-1006
<備考>
※お問い合わせ・生花などのご注文は当社へお願い致します
有限会社 金子総本店 TEL 03-3469-2894 FAX 03-3468-2944
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





15:37 古澤良治郎。 comments(0) trackbacks(0)
★古澤さん追悼と葬儀日程。彰太ダンシングTRIO。
   突然の訃報に唖然とした。
  体が小刻みに震える。 なかなか 止まらない  。  。。 
  良治郎さんが"昇天"した。と、川村さんからのメール  。。
古澤
■古澤家 葬儀日程
       ふるさわ りょうじろう 故 古澤 良治郎 殿 行年 65才
御通夜:平成23年1月15日 午後6時~7時
告別式:平成23年1月16日 午前11時~12時
葬儀式場:梅窓院
住所:東京都港区南青山2-26-38
電話番号:03-3404-8447
喪主:佐生 健 殿
火葬場:代々幡斎場
住所:東京都渋谷区西原2-42-1
電話番号:03-3466-1006
<備考>
※お問い合わせ・生花などのご注文は当社へお願い致します
有限会社 金子総本店 TEL 03-3469-2894 FAX 03-3468-2944
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彰太

古澤さんと親しかった3人 。
 舞踏家の
    宝子 と 東洋 。 そして 小山彰太 の ドラム  。。
宝子



東洋

 このふたりの舞踏家は
     古澤さんと同じアパートで暮らしている。
  U-streamでの実況中継もした。
   パソコン受信映像とステージにタイムラグがでる。

 
 「あのひと 詩人だったよな 」
             涙を浮かべ そんな話しも出た。
  
  つらく 楽しい 追悼ライブとなった。

 冥福を祈りつつ
         ありがとう 古澤良治郎さん  。 
     あなたに会えて
          ほんとうに 楽しかった 。  。。 う。


<・・・>

                       よっ、 ぽん 。

   これからも エアジンは 続きます  。 よろしく  。 // 。







10:41 古澤良治郎。 comments(0) trackbacks(0)
★古澤良治郎さん。
     まだ、詳細の連絡はない。 
     2,3年前か? エアジンでの演奏シーンだ。
古澤







<・・・>

  古澤良治郎さんが特集された
    「Japanese Beat」の創刊記念号



10:57 古澤良治郎。 comments(0) trackbacks(0)
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