☆月間LIVE予定は
CATEGORIES欄のスケジュールからも!! 
        
        
『目のレーザー治療ってやつは、、。』
『9月とインプロ祭』 

この稿はFBに書いたものと同じ物です。


  『ぴ、ぴ、ぴ、レーザー治療。』

         sep.7(sat)2013

 いててて〜〜〜〜っ!!

余りの痛さに寄り目になった!!!

明け方5時過ぎだ。

 左足のふくらはぎがつったのだ。


 う、う、う、いてて〜〜〜〜っ!!

うめきながらベットから降りて、
アキレス腱をぐぐぐ〜〜〜っと、
のばす。

 ああ、いてて、痛かったあ。


 さて、そんなことより

 今日は目医者への再挑戦の日だ。

前回は5時間待って、

ジョニーへの伝言頼んで帰ってしまった。


 とは言ってもまだ明け方だ。

もうひと眠りすることにした。


 ん?テレビの音が聞こえる。

あ、連ドラの「あまちゃん」だな。

 大友良英の元気なテーマ曲が聞こえてる。

おお、8時か。

 エアジンにも出ていた大友の音楽でもあるし、

演奏には水谷浩章や青木タイセイなどエアジンでも

お馴染みのミュージシャンが参加してるので、

あのヘンテコな曲たちも楽しく聴ける。


 さて、

今日はコーヒーだけ飲んで急いで出かけよう。

どうせ待つことになるんだろうが、

 早く受付をすませたほうがいいに決まってる。

ってんで、

 ミルクたっぷり入れたコーヒーを2杯飲んで、

地下鉄の人となった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「うめもとさん、74番です」

さあ、我慢大会の始まりだ。

 am10:34.受付完了。


 am11:30.風がプッ!プッ!!プッ!!!

「はい、今度は左目です」
 
プッ!プッ!!

「目を大きく開けておいてくださ〜い

 プッ!!

「次は視力検査で〜す」

「では、両目に瞳孔(do~ko~)開き薬を

    さしまあす」

 じゅわ、じゅわ。

赤い点々のバッテン印の映像見せられながら
目玉の写真を撮られたりして基本検査など終了。


 am12:30.呼ばれない。待合室は患者で一杯。

もう、2時間待っている。

 昼が過ぎた。腹が減って来た。

来る途中のコンビニで買った

午後の紅茶ミルクティーを飲む。

 う、甘っ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・

しかし、マ〜ヒ〜なのだ。

 am.あ、違う。

もう、pm1:30だ。

 まだまだ待ちそうだ。我慢出来るか?おれ。

すでに3時間が経過した。

こりゃあ、前回と同じパターンだな。

 瞳孔開き薬をさされて、放置だ。

きっとまた来るな。

「うめもとさ〜ん、もう一度点眼しま〜す」

って。

 いま、pm2:02.


「うめもとさ〜〜〜ん」

来たっ。

 pm2:30.

・・・・・・・・・・・・・・・・

pm2:50. 腹減った〜〜。

 ってんで、近くのコンビニへと向かった。

くわっ!まぶしい〜〜!!

  そうだ、瞳孔が開きっぱなしなんだ。

すっかり忘れていた。

 う、う、まぶしい。

目が開けられない。

 すぐそこにコンビニがあるのに

街がぴっかぴかだ。くう〜〜。

 俺の目はドラキュラかフクロウの目と

化しているに違いない。

 ・・・・・・・・・・・・・・

「うめもとさ〜〜ん」

待合室の隅で買って来たサンドウィッチを

食ってるときだった。

「先生の検査で〜〜す。

  診療室へ入ってくださ〜い」

pm3:18.

 ここで、例のギラギラの光をあてられて

「はい、上見て〜、右見て〜」

 とやられるのだ。

「はい、先日手術した右目の経過はいいですねえ。

「じゃあ、これから左目のレーザー手術をします。

pm3:30.

    ・・・・・・・・・・・・・・・・

「結構、痛いらしいよな」

「ううん、あそこは痛くないので有名らしいわよ」

「え?そうだったの。なあんだ、そうなのかあ」

  

 家でこんな会話をして今朝出かけて来た。


「はい、そこにあごをしっかり乗せて、
おでこもバーにしっかりつけてくださいね」

「では、ちょっと試しに光を目に当てますね」

「はい、」

 ぴっ、ぴっ、ぴっ、、。

「どうですか?」

「はい、問題ありません」

ほんとだ、痛くもなんともない。

「じゃあ、始めます」

「はい」

ぴっ、ぴっ、ぴぴぴっ、ぴっ、

う、う、う、う、い、た、い、、。

ぴっ、ぴっ、あれ?ぴっ、う、う、ぴっ、うう、

「あ、うめもとさん、動かないでください」

「あごをしっかりバーに乗せておいてください」

「おでこも後ずさりしないで、、、」

ぴっ、うう、ぴっ、うっ、ぴ、ぴぴっ、う〜。

こ、こ、これは痛いじゃん。


 ぐっぐっぐっ、と目の奥が突かれる。

「はい、頭を下げないでください。

 もう、すぐ終わりますからね、、。」

ぴっ、ぴっ、ぴ、、、う、う、。


・・・・・・・・・・・・・・・

 ふう、

 看護婦さんが濡れティッシュで

おでこの脂汗をぬぐってくれた。

 ははは、とにかく終わった、、。


こういうことかあ、


 左後頭部が少し痛いが、

左目で見える景色が真っ赤だ。

すごいな。しかもピンぼけ。

 これは”手術成功”なんだよね?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

pm4:00

 「うめもとさ〜ん、

  はい、領収書です」


 ふう、終わった。


   お疲れ様でした。


          うめ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



PS:このレーザー手術は「少し痛い」と思って

  立ち向かったほうがいい。

 そうすれば大した痛さとは感じないと思う。

ま、おれは途中から力入っちゃって油汗だったけどね。


 じゃあ、またね〜〜〜〜っ!!!


            ume 9/7(土)2013.







     

 


 









<photo id="1" />
20:09 こここんな日も comments(1) trackbacks(0)
ったく『目医者にゃあ待たされる、、、』
 

『目医者にゃあ待たされる、、、』

   って、これかあ!?

         うめもと實 aug.17(sat)2013

 (これはFBに投稿したものに少し手を入れました)


 7月末に網膜が剥がれて

緊急手術で入院した話しはすでに書いた。

 2ヶ月ほど前から右目だけが霞(kasu)んだり、

片目にすると視野の左下に少し

陰(kage)が出たりしていた。

 まあ、いいか。

とほっておいたら急激に陰(kage)が大きくなり、

「やばっ」

ってんで横浜駅近くの眼科医へ駆け込んでみたら、

そのまま緊急手術と七日間の入院となったのだ。


 術後は今のところ順調で、

先日の検診も”良し”であった。


 しかし、

網膜(mo~maku)が剥がれちまった右目と同じように

”左目”も注意信号がピコピコ(pico-pico)してるので、

「レーザーで予防手術をしちゃいましょう」

プシュン(pushun)、プチュン(puchun)で日帰りです。

「んじゃあ、ひとつ左の目ん玉もよろしく」


 こうして、

今日(8/17)という日が決定された。

「予防とはいえ、やだなあ」

と、ぶつぶつ思いながら朝食(salad,cafe,bread)を済ませ、

指示された通り昼前には病院の受付をすませた。


 すると、10分ほどで

「うめもとさ〜〜ん」

ベテラン風な看護婦(Nurse)さんに呼ばれた。

名前は知らない。名札もない。

「はい、診察室(peeping room)へ入ってくださあい。

いろいろ検査しますからね」


 この、検眼ってのはスゴいよ。

眼鏡屋の視力検査たぁ、ワケが違うからね。


 まず、眼底検査、眼圧検査、など

目玉の中身まで見られちゃう。

いろんなことを検査されるのだ。


 閃光(Blizard)をギラギラ(gila-gila)見せられたり、

目玉に風をプシュッとやられたり、

いろんなことをされるのだ。


 でも、文句はいえない。

「あ、じゃあ、さいなら、、、」

なんて言われたら大変だからね。


 患者は弱い立場だからね。

売れないミュージシャンみたいだね。

だから、キリッとやせ我慢をする。


「はい、今度はそっちの椅子に、

はい、今度はこっちへ、では、

次は向こうの部屋へ、、、」

 こんな調子だから、結構

いろんなことを知られてしまうのだ。


では、またロビーで待っててくださいね。

 と、待つまでもなく

「うめもとさ〜〜ん」

「今度はなんだ?」

「はい、ここロビーで結構ですよ。

どう孔を開く目薬さしま〜す」

ぷちゅ、ぷちゅ。

 ん?両目にさすのか。

左目のレーザー手術だろ?

ま、いいや。お任せだ。


手術するには

どう孔がくわっと開いてるほうが

よろしいようで、ほどなくすると

待合室の蛍光灯が白く光って眩しくなる。

 どう孔が開き出したのだ。

もう、これは慣れてるから驚かない。


で、驚いたのは

 それっきりいつまでも

「うめもとさ〜〜ん」の声がない。

もう、2時間ほど待っている。

今日は手術患者が多いらしい。

 それとも、三つ目野郎でも来てて

視力合わせに手こずってるんだろうか?


 来てから、飲まず食わずだ。

ノド乾いたあ、腹減って来たあ。

 もう午後2時を回っている。

う〜ん、待つなあ。

 とにかく待合室にゃあ沢山の客だ。

あ、患者か?


「うめもとさ〜〜ん」

「おっ、

  待ってましたあああああ〜〜〜!!!」


「どう孔開く目薬をもう一度さしまあす。

もう、随分と時間が過ぎたのでさしておきまあす」

「え?まだ待ちそうなんですか?」

「ええ、今日はお盆開けなので混んでますから」

「はあ?お盆開けねえ」


 そして、待つことまた2時間余り。

もう4時半になる。

「♬ジョニーが来たなら伝えてよ〜、

  5時間待ってたと〜ぉ


 真っ白な蛍光灯の明かりの中を

おれは慎重に受付に向かった。

「まだまだでしょうか?

6時には馬車道に行きたいのですが」

「ってことは、ここを何時に?」

「あと、30分くらいで、、、」

「はあ?無理ですねえ、きっと」

「はあ、おれもそう思います」

なんちゅうこった。

「来月、根性入れて出直してきます」


朝は7時から予約ボードに

名前を書き込めますよ」


(ふっ、オレを誰だと思ってるんでえ、

ジャズ屋エアジンのオヤジだよ、

朝っぱらの7時に病院の予約ボード?

 まだ、そこまで落ちぶれちゃあ いねえよ)


「はい、とにかく、また来月来ますので、

 よろしくお願いします」ぺこり。


 オレは空腹とノドの乾きに

倒れそうになりながらも

どう孔だけはカッと見開いたまま

病院とびらを押した、、。


        うめもと。


※ウワサにゃあ聞いてました。

「目医者は待たされるよ」って。

これだったのね。

おれもまだまだ知らないことが多いなあ。

若いってことだなあ。ふんふん。

19:30 こここんな日も comments(2) trackbacks(0)
いま、ふたたびの入院 part 1.

いま、

 ふたたびの入院。

2013年7月25日 21:00
 ☆この稿はFBを校正しました。

< いま、ふたたびの入院 >part 1.

                      july.23.2013


7月23日(火)朝。

 今日からエアジン恒例の特別企画

『ライブハウスのバッハ祭り』が

5日間にわたって開催される。

 楽しみにしていたエアジン企画だ。


 しかし、2、3日前から

右目がひどく霞んでるので、

午前中に横浜駅近くの眼科を訪ねた。


 うめもとさん、この紹介状を持って

すぐに自由が丘へ行ってください。

もう、連絡はしてあります。

 駅からはタクシーで行ってくださいね。

とにかく、急いでください。


「はい、うめもとさんですね。

 横浜のT医師から連絡が来ています」

「しかし、いまA先生はオペ中です」

「こちらで再検査しますので、中へどうぞ」

またも、眩しい光を目に受けての再検査だ。

「私、W医師と申します。簡単にご説明します」

パソコンに映ったオレの目玉の画面を見せながら

「この眼球の二カ所に針を刺します、そして

もう一カ所からも、、、そして、ここを切開して、、」

 ふう、スゴい話しだな。


「いま、A先生はオペ中です。

終わったらすぐにうめもとさんの手術をします」


えっ?

 これからすぐ手術?

今夜からエアジンで恒例のバッハ祭りが、、。


「そうですか。そして今夜から入院です」

「重度の網膜剥離(mo~maku hakuri)です」

「今のうちに入院手続き済ませてください」

「一階の受付カウンターです。

 あ、もう3時か。終わってるな」

「じゃあ、ここに救急受付があります。

 ここで手続き済ませて来てください」

院内の地図を手渡しながら指示をする。

「あ、家の方にも連絡をして、

入院に必要なものを持ってきてください」

「この病院は食事は出ますが、寝間着も

タオルもお箸もありませんからね」

「は?ベットはありますよ。ベットは!!」

「時間は余りありません、急いでくださいね」

なにがあるんだか、ないんだか

分からなくなってきた。


 それにしても、

  突然の話しに目もくらむようだ。


今月の初めから

 なあんとなく右目の見え方が変だと思った。


時々、かすむような感じなのだ。

 そのうち、ミジンコや小さな黒点が

ぽつぽつ見えて来た。


 ありゃ、

これが飛蚊症(hibun-sho~)か?

 最近ははカエルの小さな卵が輪になって

2つが踊りだしていた。


おいおい、なんなんだこりゃあ?


ってんで、

近所の昨秋『初めての入院』をした

病院の眼科に馳せ参じた。


「そう通りですね、飛蚊症です」

「まあ、加齢からくるものですね」

華麗なる人生ってヤツですかね?

「ま、あまり気にしないほうが、、、」

視界の左下に『黒い陰』も少し見えるんですが。

「うめもとさんは目の中に弱い所があるんです。

そこがはがれたりするとレーザーで焼いて

くっつけるんですが、まだそこまで行ってません」

 でも、この数日でどんどん見えにくくなってるんですが。

「そうですか、でも少し様子を見てみましょう。

また、来てください。月末に予約入れましょう」

 はい、そうですか。じゃあ月末に、、。


 この甘い見立てと単純な納得が

   今回の緊急手術入院となったのだ。


「はい。正面を見てください。上を見てください。

下を見てください。はい、みぎを、今度はひだりです」

「はい、しっかり目を開けていてくださいね」


 太陽を直視してるような狂気の明るさが目を射る。


「はい、今度は右です。目をしっかり開けてください。

はい、右下。はい、真下です。はい、左下、、」

 医師は顕微鏡のルーペのような物を目にあてて。

一周する眼球の中を診ているのだ。


初めて体験する圧倒的な眩しさがぐいぐいと迫って来る。

 輝く白、ピンク、赤、青、オレンジ、緑、、、、!!!

イタリアのブランド、ミッソーニはこれを見たに違いない。

ともかく、色彩の渦の中で全身から脂汗がにじむ。


「はい、網膜剥離です」

「これからすぐに手術をします」

は?これからすぐですか?

「同時に白内障の手術もしてしまいます」

え?白内障はサービスですか?

「白内障にはいずれなります。なので

手術は今回の一度で済ますのが一般的です」

「目の中のレンズを人工の物と取り替えます」

じぇじぇじぇ、そうなんですか?

「はい、そうです」

はあ、そうなんです、、、か。

 わかりました。

では、その一般的なタイプでよろしく、、

お、願い、、、しま。。。。す。


   あの、ちょっと空腹なんですが。

朝食べたきりで、、、。

「もう、食事の時間はありません」

「部屋がとれました。3階のB棟です」

「そこで待っていてください」


「うめもとさ〜ん、

  これに着替えてくださあい」

以降、世話になる看護婦のMinoli嬢だ。

 手にしているのはクリーム色の手術着。

薄手のガウンといった感じだ。

「下着は上を脱いでくださいね。

パンツははいたままでも構いません」


 あの大腸がんの手術の時のように

フンドシにはならないようだ。

 そりゃそうだろう、目の手術だ。

フンドシでやる必要はない。


「肩にちょっとリラックス出来る注射します」

「チクッとしますよ」

チクッ、グッグ〜!!

「これが手術より

 一番痛かったって皆さん言いますよ」


ほんとかよ!?


「じゃあ、こちらのベットに寝てください。

手術室へゆきまあす」

ベットは軽快に廊下をコロコロ引き回され、

エレベータに乗って手術室へと向かった。


  ・・・・・・・・・・・・


 6時15分 at 第11手術室。

この第11手術室が目の専門だそうだ。

「お名前は?」

「生年月日は?」

「あなたの夢はなんですか・」

「今日はどちらの目ですか?」

前の病院の時と似た質問がされる。

患者の取り違え防止策だ。

「じゃあ、局部麻酔をしますね」

局部にするわけじゃあない。

局部的にするのだ。今回は目の縁(fuchi)

右目の開いたシートが顔にかけられた。


 小さく,いい感じに音楽が聞こえる。

ピンクフロイドだろうか?懐かしいサウンドだ。

執刀医A先生の趣味なんだろうな。

演歌好きな患者だったらどうなるんだろう?

そして、麻痺した瞼(mabuta)を開けっ放しにする

器具を装着してるようだ。

 あの映画(※2)のようになってるんだろうか?

 

そして、A医師が宣言するように言う。

「では、手術を開始します」

 手術開始!手術開始!!手術、、、!!!

何人かの助手もあちこちから声を出す。


 ジ〜〜〜〜〜ッ!!と

モーター音が鳴り出した。

何かのスイッチが入ったようだ。


「ああ、切られちゃうんだな、、。」


こうして1時間半(※3)に及ぶ

 網膜剥離の名医による手術が始まった。


そして、その術中、、、。

「おい、お前なにやってるんだ」

A医師が助手に言う。

「はじめてじゃないんだろ?」

えっ?ダイジョ〜ブなの?


         <続くkamo> 

・・・・・・・・・・・・・・

PS:

 只今、手術も終わって、安静入院中です。

片目の生活に少し慣れて来ました。

しかし、この術後はうつ伏せで寝ることに

なります。目ん玉が下を向いてることが

治療効果を高めるそうです。が、

とにかくこれは大変です。

 これについては、こんどゆっくり話します。


 来週には退院出来そうです。

『バッハ祭り』には参加できません。


退院したら、

「ラーメンはカタメね」(yukari-san)

そういやあ、丹下左膳や柳生十兵衛。

そして、森の石松やドン・ガバチョ(※1)も

片目だったなあ。

「伊達政宗もです」(yukari-san)

「立てっ、立つんだ!ジョー!!」の

丹下のオヤジもそうだったなあ。


 では、もう少し入院してます。


バッハ祭り、見たい聴きたい!!!


 うめ。 july.25.2013 

・・・・・・・・・・・・・

 ps2:

   これからは

「ウンチもカタメか?」

これは、片岡千恵蔵の映画で

〜また、あるときは片目の運転手〜

とかいって変装する場面がある。

それを子供の頃に

〜また、あるときは固めのウンチ〜

とか言って笑ってた。そのモジリ。


・・・・・・・・・・・・・


(※1)「片目は、ドン・ガバチョではなく、

 海賊トラヒゲですよ〜」との指摘を

 バンドネオン奏者の並木さんから受けた。

 ここに訂正して井上ひさし氏にお詫びしたい。

 また、的確なアドバイスをくれた並木さんには

 心からの感謝をしておきたい。


(※2)映画「時計仕掛けのオレンジ」の中で

 ベートーベンの第九を大音量で聴かせながら

 暴力シーンを見せられ続けるシーンで、

 まぶたが閉じないようにミニ熊手で上下の

 まぶたを引っかけておく器具があった。

 あれはスゴかったな。


(※3)白内障などの手術は10~15分で終わる。

 それから比べても大変な手術ということが

 よくわかる。


 

・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

手術直後のバッハ氏。
手術直後のバッハ氏?
 

















あああ。。
09:12 こここんな日も comments(2) trackbacks(0)
小島さんのこと再掲。
<2013.4月23日>

いつも気になりながら
 なかなか更新が出来てません。

さっき、チェックしてみたら
 これが3月19日以来の書き込みです。

 デザイン(テンプレート)が
相変わらず、梅に桜吹雪になってますが、
これはこれでいいのです。
 まだこれから東北や北海道が桜の季節を
迎えますから、もうちょっとこのままにします。

それはそうと、このところ
いやはや、
 何とも大変なことばかり起きて
このブログへの書き込みがとどこうってました。

3月には
 ピアノの板倉克行さんが
頭を打って『脳挫傷』という大怪我をしました。
今日(4/23)現在、まだ意識が戻っていません。
 とても心配です。

 そして4月には
30年余りの付き合いだった
八方のスキーペンションのオーナー小島さんが
心筋梗塞で急逝しました。

とにかく驚きました。
2月のスキーの時には元気いっぱいでしたから。

小島さんや1月に急逝したモヒカーノ関さんには
 出会いを感謝するとともに
安らかな眠りを願わずにいられません。

          うめもと。

   『 ありがとう、こじかずさん!! 』


   〜ビラ白馬・オーナー

    小島 和さんの思い出、そして、葬儀〜


        apr.9.2013 

        於:長谷寺(ちょうこくじ/白馬村)


 

打ち上げでほろ酔いの小島さん。


 エアジンが30余年つづけている
『Jazz & Snow in 八方尾根』というスキーツアーがある。

これは、1982年冬に
 「山下洋輔さんとスキーに行こう!!」
こんなコピーでバスまで仕立てて企画された
珍道中のお楽しみツアーが全ての始まりだった。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
 初めて向かうスキー場は『八方尾根』だ。

後にここは長野オリンピック滑降競技の
公式会場となる上級者御用達、
"鬼のゲレンデ"なのであったが、
当時はそんなコトなど誰も知らん話しだった。


 しかも、
僕を含めて、エアジン御一行様はほとんどが

スキー板などさわったこともないスキー未体験者と
最強の初心者ばかり。
 40人の参加者でスキー板を持参したのは2人だけ。
あと、積み込む荷物は酒やビールばかりだった。
 2人のバスの運転手が苦笑してたことを思い出した。

 なぜ、そのように無謀で楽しそうな企画が
スタートしたかはいまは読む方々が笑うといけないので
次回にゆずる。

<この稿は、小島さんへの追悼文を書こうとしている >

 ともかく、数日間を白馬の雪山で遊ぶ
「ライブとスキーと温泉と宴会の快楽ツアー」
 が30年ほど前に始まったのだ。


 そのライブと宴会のペンションになるのが
小島和さん経営の『ビラ白馬』だ。
 当初は家庭的なペンションとして、
そして、プチホテルになり
遂には『ホテル・ビラ白馬』へとなった。

 そして、ビラ白馬は長野オリンピックの時には
スイスの代表チームの指定ホテルでもあった。
英語の堪能な小島さんは楽しかったと思う。
 ピアノの上や白壁にメダリストのサイン入り
写真がたくさん飾ってある。


 あの「洋輔さんとスキーに、、、」以来、30余年。
ずいぶんと長い付き合いになっていた。
 僕は冬や春スキーばかりでなく夏の避暑にも行った。
小島さんはお嬢さんが名門フェリス女学院に入学した時は
「ついでに」エアジンに立ち寄ったことが何度かあった。

 オーナーの小島さんはジャズ(!!)が大好きで
エアジンが企画する”オリジナル曲を演奏”する
ビラ白馬ライブを
いつも楽しみにしていてくれた。

 ミュージシャンの選考は泊まり込みの旅行なので
個人的に気の合いそうな人で、温泉や酒やスキーが
好きそうな人たちに僕が声をかけていた。

 で、・・・・・・・・・・・・・・・・・
山下洋輔、板橋文夫、梅津和時、つの健、岡田佳太、
中島久恵、早坂紗知、永田利樹、トモヒロ、加藤崇之、
前田祐希、モヒカーノ関、鈴木雅之、安藤正則、吉岡大典、
福井友美、清水絵理子、荒井皆子、上野哲郎、須藤俊也、
二本柳守、LUNA、調律の斉藤一家などなどが連行された。

 そして、それ以外には多くのエアジンバイトや
カスミ、桂、チー坊、入江さん、美和ちゃん、秋山、
鈴木さん北村など友達や
店の常連そして全く知らない人
などがわいわいと一緒に行ったのぢゃった。

 本当に小島さんは滞在中、自由にさせてくれた。
毎晩の明け方までのどんちゃん宴会にも苦情を言わず、
好き勝手な演奏にもニコニコして、朝食に遅れても
イヤな顔を見せずに笑っていた。

 ライブ中にはビートに体を揺らしながら
時折、小さなカメラでぱちぱちと
写真を撮っているのを見て
 「ああ、楽しいんだなあ」と、
ぼくも嬉しくなっていた。

昨年は歌のLUNAが初登場して
念願(?!)の”スタンダードを”中心に歌った。

「ねえねえ、うめさん、いいじゃん、いいじゃん」
小島さんはいつも以上に興奮していた。

ぼくはいつもそうしてるが、
この時もLUNAは紹介しておきたいと思ってのブックだった。
「ねえ、来年も再来年も、LUNAがビックになっちゃって
もうビラ白馬になんか行かない!!って言うまで呼んでね、ねっ」
とか小島さんはコーフンしていた。

 なあんだあ、
小島さんはLuna系の『スタンダードジャズ』が好きだったのね。



 で、今年2月のビラ白馬での
『Jazz & Snow 2013』ライブも
LUNAが再登場した。
案の定、小島さんはすこぶる上機嫌だった。
 酒を控えていたということを葬儀の時に聞いた。
僕らの打ち上げではいつも一緒に酒を口にしていたのは
楽しみを共有したかったのか、僕らへの気遣いだったのか?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

4月6日、心筋梗塞。享年69歳。
 そのビラ白馬の小島さんが急逝した。

骨葬が執り行われた長谷寺。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 余りに唐突な話しに思考が定まらない。

 とにかく、9日午後1時からの葬儀には参列しよう。
ドラムのマモちゃん(二本柳守)とオレのカミさんとで
早朝、白馬村に向かって関越道の人となった。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・
 白馬への道中は素晴らしい天気で
白馬連山には雪が残り、山々には薄いピンクの山桜が煙り、、。
 「ああ、なんていい気分なんだろう」
 いよいよ、春スキーのシーズンを迎えるんだなあ。
この素晴らしい時間は小島さんのプレゼントだったに違いない。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・
 僕らは予定よりずいぶん早く、
11時過ぎに白馬村の長谷寺に到着していた。
 長谷寺。ちょうこくじと読む。
 数百年の歴史を持つ古刹だけあって
堂々とした禅寺である。

ここの本堂で葬儀告別式が行われる。
  ・・・・・・・・・・・・・・
 式にはまだまだ時間があるが、記帳をすませた。
そして、
「先に一度お線香を上げさせてもらえますか?」
受付の村人らしき人に聞いた。
 まず、対面して顔など拝んでおこうと思ったからだ。

「あ、もうじき火葬場から戻って来るとおもいますので、
そうしたら、どうぞよろしくお願いします」

「え?火葬場から戻ってくる?!」
まだ葬儀が終わってないのに、火葬場から戻る?!
いったい、何が起きてるのだ?

4月、まだまだ雪が残る。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
遺体葬と骨葬   :碑文谷 創
 葬儀の順序は、一般的には通夜―葬儀・告別式―出棺―火葬となっています。
 これは昔、火葬ではなく土葬だった時代に、葬儀を行い葬列を組んで墓地に行き、
埋葬(=土葬)していましたが、この土葬が火葬に替わったものです。
しかし、
 北海道の一部、東北地方等の関東北部以北、甲信越地方の一部、

中国地方や九州の一部では、葬儀・告別式に先立って火葬が行われています。
  通夜を行い、翌朝に出棺して火葬をし、午後から葬儀・告別式を行い、
終わると墓地に行き納骨という流れが一般的です。
 葬儀の最後はお墓に埋葬する、という考えからのものです。

 葬儀・告別式を遺体ではなく遺骨を前にして行うので

                  「骨葬(こつそう)」
と言います。


   (表現文化社のHPより一部転載http://www.sogi.co.jp/index.htm)う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 初めて「骨葬」という葬儀に参列した。

 うかつにも、このような葬儀を僕は全く知らなかった。
「うん、この辺りじゃあこれが普通のやり方だけど、
都会の人はたいてい知らなくて驚くんだよね」
 すまなそうな声で村の人が説明してくれた。

 正直に言って、なんとも驚いた。
4人の僧侶がお経をあげている祭壇には、骨壺が置かれているだけだ。
 弔辞を含む1時間半余りの儀式が済み、焼香がはじまる。
白馬村の重鎮たち、ロータリークラブの人たち、ペンションのオーナー仲間、
昔からの居候(冬場の住み込みバイトたち)、そして、僕らのような連中。
 遺骨に対して焼香をするのだ。

 遺体とのお別れがない。
遺体への献花ももちろんない。
死に顔が見られないんだから
死んだんだなあ、という実感がわかない。

 だって、もう”骨”になっちゃてるんだもんね。

 まだまだ日本は広いな、と知った。
各地に独特の伝統、慣習、しきたりがあるんだ。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ともかく、小島さんは逝った。

うちのチビ犬”はな”とは生前、やけに相性が悪く、
目が合うと「ウ〜〜〜〜〜ッ!!」とやられていた小島さん。
「なんだ、おまえなんかに負けないぞっ!ほりゃ〜〜!!」
「ウ〜〜〜ッ!!ワンワンワンッ!!!!!」
「ほりゃほりゃ!!!」
「ウ〜〜〜〜!!!ワッワンワンッ!!!!!!」
  もう どっちもやめなさいよっ!!
小島さんと大の喧嘩仲間。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 小島さんは
僕らの帰り際にはいつもこう言ってくれた。

「みなさん、今回もほんとうに楽しかった。
いつもいつも、ありがとうございます。
 また、いつでも来てくださいね、
ご招待しますから、、、。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ほんとうにお世話になりました
たのしい思い出ばかりでした

 心からご冥福をお祈りいたします

さ、小島さん、
 骨葬に参列しましたよ
      じゃあね、、、

   横浜エアジン・うめもと實  apr.10.春

Hotel Villa Hakuba http://www.villahakuba.com




ある時のツアー。


八方尾根。




向かって右から2人目が小島さんだ。小島さんが最後に立ち会ったメンバーだ。


写真右のほうに小島さん。 ライブ中。




長谷寺。


白馬の山々。2013春。


長谷寺(ちょうこくじ) 山門横の道祖神。


 




























































































































































01:05 こここんな日も comments(7) trackbacks(0)
3.11/2013
 そうね、あの時から2年がたつんだね。 
テレビでは大波が映って、家屋や車が流されるのが映って、
 そして、気仙沼が焼けるのが映って、、。  

そうかあ、2年かあ。  

あれ以来、被災地は相変わらず苦しいままだ。 
原発事件(!!)も解決のメドさえ聞こえてこない。  

国民のお金を使うハンコ(権利)持った政治家や 
政府はもっともっと働いて義務を果たさなくちゃダメだ。  

ちゃんと結果を出せなきゃ、早めに交代してほしいな。 

ともかく、ぼくも今日は鎮魂の酒を捧げよう。  

そして、  
今夜は『新横浜エアジン』で 
1月に急逝したモヒカーノ関さんの追悼ライブがある。  
  いつも、明るく元気だった彼と知り合えたことを祝って 
楽しい追悼のライブにするつもりだ。

 

 とにかく色々なことがあります。 
友人には今日が誕生の記念日のひともいます。 
「おめでとう」って言われにくくなったろうけど 
みんなに覚えてもらえる日になったね。

関バンド 

さぁ、  
ぼくも気合いをいれて 今日を過ごしたいとおもいます。        

 じゃあ、またね。              

          うめ。




































13:27 こここんな日も comments(2) trackbacks(0)
参加しよっ!ニッポンの選挙だ。
 
 今回の選挙はニッポンの「歴史的事件」になりそうだ。
とにかく、招待状(!!)が来たみんなは参加しなくてはいけない。

みんなから集めたお金を彼らに使い方をゆだねるんだからね。
明日の結果発表がコワいなあ。

だいじょうぶかなあ、しんぱいだなあ。
みんな しっかりしておくれよ!!

    ニッポン チャチャチャ、、。だよ。



 明るいあしたを祈ろうね。

エアジン今日もやってます。
合い言葉は「選挙行ってきました」で
飲み物サービスですよ。   うめ。


15:02 こここんな日も comments(0) trackbacks(0)
伊勢うどん。
 
『知ってますか?伊勢うどん』

 腰はありません。ふにゃふにゃです。
老舗の柔らかい串団子のような食感です。
タレはクロマツ(真っ黒)です。
タレの味は甘辛です。

 三重県は鈴鹿の真理(vib)さんに
退院祝いにプレゼントしてもらいました。

 これがまた美味いんだ。
そして、この情けない食感がなんともいいんだよね。
病後にゃあタリピツ(ぴったり)です。
というより、内蔵の手術患者の病院食で出したら
みんな大喜びだと思うなあ。

 とにかく消化にはとっても良さそうだし、
ほんわかとした食感は初めての人は仰天するはずだ。

 僕も初めての時はびっくらした。
うどんと言えば腰のある四国のうどんが系が基本の知識だからだ。

 茹でたうどんに、たまり醤油、みりん、砂糖、煮干し、
昆布、カラメル色素などをブレンドしたタレをそのまま掛け回して食う。
という作法になっている。

 しかし、けんちん汁に入れてもさぞ美味いだろうと思って、
真理さんに「”タレ無し”も売ってるか?」とお願いしてみた。
「そんなもん、売ってません」
「いらないんならタレだけ返してください」

 なんだか、機嫌をそこねたようだ。
「はい、持ってきました」6袋12食分だ。
低温熟成麺とある。半生だが、2ヶ月ほどは持つようだ。

 昨夜と今日の昼に食べた。
ええ、けんちん汁に伊勢うどんです。
卵と物産展で仕入れた能登のイカ団子、
里芋や人参、ごぼう、さつま揚げ、豚肉なども
入ってます。

 やっぱねっ!
思った通りの美味さだっ!!
けんちん汁に入れても美味いっ!!!
カレーとかかけたらどうかなあ?
まる東で、つゆうどんも良さそうだなあ。

あっ、真理ちゃん。
あしたは、ちゃんと定番のタレをかけて食べますっ。

           う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そして、報告です。
退院後の回復は順調です。
もう、93%くらいの復調です。

 今日もスポーツジムでチェックのつもりで
トレーニングしてきました。
Walking、自転車、ストレッチ、足や腿の加重、
腕や胸の筋力トレーニング、そして
ジャクジーとサウナ、、。
 ちょうど2時間。

帰宅してルービィ。小さなヱビスをひと缶。

すでに、入院前と変わらないメニューが出来ます。
そして、サウナもじっくり入っていられます。

ええ、気持ちのイイ汗をかいてきました。

ルービィも昨日より一層美味くなりました。
今夜のエアジンビールが楽しみです。


 そんなこんなの日々が戻ってきました。

 いろいろ、ありがと!!でした。
じゃあ、それ以外の裏話しはエアジンで、、、。

          うめ。

ps:あ、突き指も治りました。
 
   ぺこっ!!
    by IchinoseHiroco




 




16:12 こここんな日も comments(0) trackbacks(0)
退院、その後。
『初めての退院』
 
 ってなわけで、僕は退院しました。
そして、先日(11/9)には執刀医・村上先生の
退院後、最初の外来診療を受けました。

「もう、来なくていいですね。
 青年のような回復力ですね。OKです!!」
「とは言っても、暴飲暴食はいけません」
「ええ、そうです。調子に乗らないようにです」
「では、来年の夏ころにでもまた来てください。
 あ、来年の予約は出来ませんよ、ははは、」

 ははは、ビールが解禁されました。
  「かんぱ〜〜〜い」

なので、今日(11/11)も飲んでます。
が、まだ苦い!!

 初めての入院で体質が変わったのだろうか?
昨日は”御座候(今川焼)”が食いたくなって困った。
ええ、買って食べました。
甘っ!!でも美味いな。白あんとあずきでした。
 昔の「甘党」に戻れそうです。

 とにかく、一安心してください。 
ぼくも「やった〜〜っ!!」などと
小躍りして、親指を柱の角にぶつけてネンザしました。

ね、それくらい元気です。

 今夜は秋の冷たい雨が降る横浜です。
天気がよくなったら大山とか箱根とかに
紅葉狩りにでも行こうと思ってます。
 みんなで行きましょうか?

じゃあ、続きはエアジンで、、、。

     うめ。













21:41 こここんな日も comments(0) trackbacks(0)
元気です。とっても、
 
「お礼(orei)」

 今日も多くの方々からお見舞いの電話を頂いた。

「知らなかったので驚きました」
「手術入院してたんですね」
「で、どうなんですか?」

店まで顔を出してくれた人もいる。
「もう、びっくりしたよぅ」
「なあんだ、元気そうだねえ」
 
 どうも数日前のブログを見た人が
知人友人に知らせてくれたらしく、
「驚きました」になったようだ。

 この辺でもう一度報告しておきます。

僕は10/27(土)に退院しました。とても元気です。
ご心配無用ノ介であります。

一応、大腸がんの手術だったのですが、
とてもタイミングよく早い発見だったので、
あれれ?というくらいの軽症で済みました。
リンパへの転移なども見られませんでした。

なので、退院後の今も抗がん剤なども含めて
スリク(薬)も酒もやっておりません。

 それどころか
すでにスポーツジム通いも再開して
マシンを使って大汗を流しております。

とは言っても、もちろん油断はできません。
食事も消化の良さそうな麺類にしております。
もちろん朝に晩に色々なヨーグルトは食べてます。
あ、大好きなルービーは3週間近く飲んでません。
これは、僕の自主的な禁酒です。
体力が完全に回復したら、
きっと自然に飲みたくなるだろうと思います。
だから、その時をなんとなく楽しみにしてます。
まだ、残念ながら禁断症状はきてません。
僕がルービーを飲んでるのを見かけたら
完全復調かやけっぱちと思ってください。

いまは気分的には87%くらいの復調です。

今度の9日に外来診療の予約を受けてます。
ここでのDr.Mulakami先生のアドバイスで
その日からの生活が変わるかと思います。

「もう、OKです。勝手にやってください」
って言われそうな気がしてなりません。

あ、おなかの傷は体をよじったりすると
チクッとかキリッとかまだ少し痛みます。

ま、「がん」とは言っても僕のは
「がんもどき」みたいなものです。

みなさん、
無駄に心配なさらぬようにしてください。

うめもとはいつもの通り元気でおります。
というわけで
 またお会いしましょう!!

いろいろと
 ありがとうございました

        うめもと。

   


あの最上階(6o4→6o7)に入院してました。


























01:28 こここんな日も comments(0) trackbacks(0)
初めての退院。
 


みなさまへ

 さて、いろいろとご心配をおかけしました。
心配して下さった皆々様に御礼申し上げます。

は?なんのこと?って
 ええ、がん入院で手術って話ですが、、、。

ええ、そうです。
その続きをとっとと書け!!
なあんて言いながら身もだえてる人もいるようですね。
きっと書きますが、ちょいとお待ちください。

で、結局は退院しました。
ええ、もう先週のことです。
報告が遅くなりました。済みませんのぽこぽこです。

しかし、今回の入院はいろいろなことを経験できました。
ある意味、とても良かったと思ってます。
60才を過ぎたら”初めてのこと”が沢山あるぞ!!
とは、死んだじいさんから聞いてましたが、
こういうことなんですね。

というわけで、
その後、元気でエアジンもやってます。

いずれ、「初めての入院」の続きは書きます。
それと「初めての退院」ってタイトルも思いつきました。
これは書くかどうかわかりませんが、、。

ともかく、
 皆様のご声援に感謝します。
 ありがとうございました

           元患者・うめもと。 nov.5.2012

こんな感じで退院しました。
 oct.27.2012






15:49 こここんな日も comments(0) trackbacks(0)
CALENDAR
S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< July 2018 >>
PROFILE
NEW ENTRY
CATEGORY
COMMENT
ARCHIVE
LINKS
カエラ